2024年前半のドル円相場は、予想を超える円安の進行が特徴的でした。5月のレポートで解説した物価への影響が、より顕著になっています。
2024年5月、日銀は急激な円安に対して為替介入を実施しました。為替介入は通貨当局による市場への直接介入ですが、その効果は限定的でした。介入後わずか3日で円安トレンドが再開し、6月26日には介入水準である160.20円を上回りました。
2024年7月上旬には、162円台に迫り(2番)、米CPIの発表後に157円に下落しました。それでも、1年前の2023年7月(1番)は144円台だったことを考えると、円安がとても速い勢いで進行していることが分かりますね。
7月11日に発表された米コアCPI(消費者物価指数)が市場予想を大きく下回り、前月比で市場予想0.2%に対して実際は-0.1%、前年比では市場予想3.4%に対して3.3%となりました。
CPIの軟調な結果を受けて、ドル円は161円台から157円台へと急落したのですが、急激な変動の中で、為替介入の観測も浮上しています。
当局は「介入の有無についてはコメントしない」としていますが、市場では2つの見方が出ています。
1つは純粋に米利下げ観測に基づいたドル売り圧力、もう1つはそのドル売り圧力に乗じた日本当局による為替介入の実施です。ただし、変動幅としては4円程度にとどまっており、介入としては比較的小規模といえます。
円相場に影響を与えている主な要因は、米国の経済指標、FRBの金融政策の動向、日米金利差、そして市場心理です。特に、米国の利下げ観測の高まりが注目されています。
通常、利下げ観測が強まると円高(ドル安)に向かうと考えられますが、本格的に円高へ転換するか、押し目買いとなるかは現段階では分かりません。
これらの最新の動向を踏まえ、2024年5月から7月のドル円相場の動きを詳しく振り返っていきましょう。
2024年春の為替介入は2回実施されました。
160.20円での介入後(1番)、156円台での追加介入が行われ、一時的に151円台まで円高が進行しました(2番)。しかし、5月6日には反発し、上昇トレンドが再開しています。
為替介入の効果はほとんどなく、円高方向に推移したのは、わずか3日でした。
前回のドル円レポート発表後、相場は156.80円まで上昇しました。市場は再度の介入を警戒しましたが、米イエレン財務長官の「為替介入はまれであるべき」とのコメントにより、日本側の介入余地が狭まりました。
5月の米消費者物価指数(CPI)が予想を下回り、一時的なドル売り圧力が見られましたが、押し目買いの強さが際立ちました。157円後半での推移中、日銀副総裁の円安懸念発言により154.50円まで下落しましたが、ここでも押し目買いが入りました。(3番)
「下落→押し目買い」のサイクルが繰り返されることで、円安基調が継続しています。市場参加者の円安志向が強く表れている状況です。
6月の日銀金融政策決定会合は、ドル円相場にとって最大のイベントでした。市場は日銀の国債買い入れ額減額を予想し、これによる長期金利上昇と円高圧力を期待していました。
しかし、日銀は「国債買い入れ減額方針」を示したものの、具体策の発表を2024年7月に先送りしました。
国債買い入れを減らすと、ドル円相場にどう影響するのでしょうか?
まず、日銀が国債買い入れを減らすと、市場の「日本円」の量が少なくなります。日銀は金融機関が保有する国債を買い入れることによって、市場に資金を供給しているのです。
お金の量が減る、つまり、供給量が減ると、仮に需要が一定であれば「日本円の価値が上昇」します。つまり、円の価値が上がります。前のレポートでも解説したように、「円の価値の上昇する=円高になる」ということです。
>円安と円高の違いについてはこちら
次に、国債買い入れを減らすと、長期金利が上昇しやすくなります。金利が上がると、日本に投資するのが魅力的になるので、海外から円を買う人が増える可能性が高まります。
主に上記2つの要因によって、国債買い入れを減らす=円高(ドル安)になりやすいという関係が成立するのです。
2024年6月の日銀の発表では「国債買い入れを減らす」と宣言したものの、具体的にいつから、どのくらい減らすかは先送りとなりました。この決定は高まっていた市場の期待を急落させてしまい、いわゆる「肩透かし」状態を生み出しました。
市場は「円高になるかも」という期待を持てず、逆に円安が進んでしまったのです。
結果として、決定会合後のドル円相場は157円台(1番)から161円台後半(3番)まで、ほぼ一本調子で円安が進行し、為替介入水準(2番)を上抜けました。
ドル円相場が1986年12月以来の円安水準に達しました。レポート作成時点の直近高値は161.95円です。約38年ぶりの円安であり、ニュースでも取り上げられていますね。
通常、今後の相場目標値を検討するときは過去の抵抗線や高値を参考にしますが、今回はそれができません。なぜなら、1986年の日足(1日単位のチャート)より細かい時間のデータがないからです。
そこで「フィボナッチエクスパンション」という手法を使って、これからのドル円相場の目標値を予測してみましょう。
難しそうな名前ですが、要は「過去の動きを基に、次にどこまで行きそうか」を予想する方法です。
>フィボナッチエクスパンションに関する詳しい解説記事はこちら
上記の図はドル円の日足チャートです。
2024年3月11日の安値146.50円を始点(1番)として、4月29日の高値160.20円(為替介入価格)(2番)、押し目の安値151.85円(3番)をフィボナッチエクスパンションでつなぎます。
フィボナッチエクスパンションの61.8%にあたる160.31円で、きれいに反発している(4番)ことが分かりますね。このフィボナッチエクスパンションが機能していることの根拠となります。
フィボナッチエクスパンションによると、次の目標値は100%にあたる165.55円(5番)となります。つまり、当面はこの165.50円付近を目指していくのではないかと考えられていました。
2024年7月11日に発表された米消費者物価指数(CPI)は市場予想を大きく下回る結果となりました。前月比ではマイナスを記録し、前年比でも予想を下回る数値となりました。予想外の結果を受けて、為替市場は大きく反応しました。
ドル円相場は、CPI発表直後に急激な変動を見せ、161.60円(1番)から157.40円(2番)まで急落しました。この4.2円程度の下落は、短時間で起こったため、市場に大きな衝撃を与えました。
急激な円高・ドル安の動きを受けて、一部の報道機関が政府関係者の話として「為替介入を実施した」という情報を報じました。確かに、相場のボラティリティ(価格変動)は非常に大きくなりましたが、変動幅自体は過去の為替介入と比較すると小規模だったといえるでしょう。
翌日のドル円相場も非常に荒々しい動きを続けており、多くのトレーダーの間では実際に為替介入があったのではないかという観測が強まっています。しかし、当局は介入の有無についてコメントを控えており、真相は明らかになっていません。
実際に介入が行われたかどうかを確認するためには、日本銀行が月末に発表する外貨準備高の数値を待つしかありません。通常、外貨準備高の数値の変動によって、介入の有無や規模がある程度推測できます。
ところで、前回の為替介入時(2024年5月)と異なっているのは米国の経済状況です。
最近では、米国の経済指標で弱い数値が目立っており、雇用統計も悪化しています。
現状を見ていきましょう。
2024年の米国経済指標には、注目すべき変化が現れています。
2024年7月の雇用統計では前回の発表値が約11万人も下方修正され、失業率も4.1%に上昇しました。雇用統計の数字は、米国経済の減速を示唆する結果です。
2024年7月11日に発表された米消費者物価指数(CPI)が、経済減速の傾向をさらに強調することとなりました。2024年7月の米コアCPIは前月比で-0.1%(予想0.2%)、前年比で3.3%(予想3.4%)と、市場予想を下回りました。
政策金利を決定するFRBが重要視するインフレ率の低下は、米利下げ観測を高め、ドル売りの要因となります。
2024年の米国経済指標には、減速を示唆する注目すべき変化が現れています。
2024年7月11日に発表された米消費者物価指数(CPI)は、市場予想を下回る結果となりました。米コアCPIは前月比で-0.1%(予想0.2%)、前年比で3.3%(予想3.4%)を記録し、インフレ圧力の緩和を示しました。これは、FRB(米連邦準備制度理事会)の目標である2%台には至っていないものの、顕著なディスインフレ傾向を示しています。
また、2024年7月の雇用統計では前回の発表値が約11万人も下方修正され、失業率も4.1%に上昇しました。これらの数字も、米国経済の減速を裏付けるものとなっています。
政策金利を決定するFRBが重視するインフレ率の低下は、米利下げ観測を高め、ドル売りの要因となっています。多くの金融機関が米国の利下げ時期を2024年9月と予想するようになりました。
米国の利下げ観測が高まると、通常はドル売りの動きが強まります。その結果、ドル円相場では円高ドル安へと動きやすくなる傾向があります。実際に、CPI発表後のドル円相場は約4.2円(420Pips)の大幅な下落を記録しました。
パウエルFRB議長は2024年7月以前の議会証言で、インフレ率の低下にある程度の自信を示していましたが、今回のCPI結果はパウエル議長の見方をさらに裏付けるものとなりました。FRBの今後の金融政策決定に対する市場の注目度がさらに高まっています。
2024年7月の米国の経済指標の弱さと、利下げ観測の高まりは、2024年前半から続いていた円安トレンドにブレーキをかける可能性があります。
日米金利差が円安の主な要因であったため、米国が本格的な利下げ路線に入れば、ドル円相場の上昇ペースは鈍化するでしょう。
実際、米CPI直後の急落は米利下げ観測が高まったことによるドル売りと考えられました。しかし、2024年7月時点での日米金利差はまだ大きく、金利差以外の円安要因も多く存在しています。
これまでと同じように、押し目買いの機会を与えるのみなのか、それとも、利下げ路線を見越してドル売りになっていくのか、ドル円相場に注目が集まっています。
米CPI発表後、ドル円相場に大きな変動が見られました。このような急激な動きがあると、市場参加者の間で「為替介入があった」という観測が広がりやすくなります。
為替介入の真偽は分かりませんが、従来と異なる相場の流れだったことは注目に値します。以前の為替介入は過度なドル円相場の上昇に対して勢いを止めるという流れでしたが、今回はファンダメンタルな要因でもドル売り円買いになっている相場に重ねるような動きが見られました。
注目すべき点として、今回は口先介入が少なく、ドル円相場のレートチェック報道もありませんでした。一方で、対ユーロ相場に対して「レートチェック」が実施されたという報道もあり、当局が円相場全般に対して敏感になっている可能性があります。
過去の大きな為替介入と今回の為替介入観測を比較して検証してみましょう。
今回の為替介入直前の動きは、直前の14営業日で約5.3円(530Pips)となっています。過去2回と比較すると、緩やかな円安基調であり、過度な変動とは言えません。
円安のスピードを見るには、「ボラティリティ」という指標を使います。簡単に言うと、為替レートの変動の大きさです。
ボラティリティを判断するテクニカル指標は主に2つです。
「ボリンジャーバンド」と「ATR(Average True Range)」です。特にATRは平均的な変動の大きさを見るのに便利です。
ATR(14)を見ると、春の為替介入時の直前のボラティリティは1日で3.4円(340Pips)も上昇しています。一方、今回はCPI発表前日のボラティリティは1円未満(100Pips)未満となっていました。
ボリンジャーバンドを見ても、為替介入観測の前日までは+1σ線は上回っていますが+2σ線よりは下で推移しています。ボリンジャーバンドからも「緩やかな円安基調」だったことが分かり、為替介入を予想する動きはほとんどありませんでした。
ドル円相場は米CPIの発表によって一時的に157円台まで急落しました。38年ぶりの円安水準を付けたドル円ですがサプライズ的な為替介入観測も出ています。
従来の為替介入では効果は限定的でしたが、今回の為替介入観測とみられる急落がドル円に長期的な影響を与えるのか、注目です。
一方、アメリカの経済状況にも変化が見られます。高金利政策の影響で景気が徐々に減速し始め、雇用者数も減少傾向にあります。ディスインフレ傾向がみられ、米利下げ観測が高まっています。
通常、米国の利下げ観測が強まるとドル売りが活発になり、相対的に円高に向かう傾向があります。
今後のドル円相場で注意したい点を2つまとめました。
1. FRBが実際に利下げを連続して実施するかどうか
2.ドル円が円高基調へ転換するのか
これからのドル円相場を予測する上で、米金融政策の動向が重要なポイントです。
7月末には日銀政策決定会合が開催されます。国債買い入れ額の減額方針の具体案が発表される予定です。また、追加利上げがあるかどうかにも注目が集まっています。