近年、「円安」という言葉をニュースで耳にする機会が急増しています。さらに、最近では「為替介入」という言葉もメディアを賑わせるようになりました。
円安は私たちの日常生活にも大きな影響を及ぼしており、身近な話題となりつつあります。スーパーで売られている食品や日用品、各種サービスの価格上昇は、まさに「円安」の影響の一つです。
ドル円相場は、2024年4月29日に160.20円(下記表1)の高値を記録しました。
これは、1990年4月以来、約34年ぶりの円安水準です。この急激な円安の進行は、多くの人々に衝撃を与えています。円安になると、海外旅行の値段が上がったり、輸入品の価格の上昇につながります。
ところで、なぜ円安になると、物価上昇になるのでしょうか。そもそも円安・円高とは一体なんでしょうか。今回の急激な円安はなぜ発生しているのでしょうか。
本レポートでは、主に以下の点について詳しく解説していきます。
・なぜ円安が進行しているのか
・円安・円高とは実際に何か
・円安を引き起こしている要因やファンダメンタルは何か
・今後、ドル円相場がどうなるかの展望
では、早速、見ていきましょう。
円安と円高は、外国為替市場において日本円の価値が変動することを表す用語です。円安は、日本円の価値が下がり、外貨に対して円の交換レートが上昇することを意味します。
一方、円高は、日本円の価値が上がり、外貨に対して円の交換レートが下降することを指します。
例えば、ドル円(USDJPY)相場で考えてみましょう。1ドル=100円を基準とします。
1ドル=110円になると「円安」となります。以前は1ドルを手に入れるために100円を支払えば良かったのが、110円を払わなければならなくなります。つまり、米ドルに対して日本円の価値が下がったということです。
逆に1ドル=90円になることを「円高」と表現します。以前は1ドルを入手するために100円を支払っていたものが、90円で1ドルと交換できるようになります。つまり、米ドルに対して円の価値が上がったということです。
円安は、主に日本から製品を輸出する企業や観光業にメリットがあります。外国の人が日本の商品やサービスを購入・利用する際、少ない外貨で多くの日本円を手に入れることができるからです。
例えば、1ドル=100円の場合、1000万円の日本車を購入するには10万ドルが必要ですが、1ドル=200円になれば、5万ドルで購入できます。海外の人にとって、日本の商品やサービスが割安に感じられ、日本観光への関心も高まります。実際、円安の進行に伴い、訪日外国人観光客は激増しており、日本中の観光名所が外国人でにぎわっていますね。
また、日本で製造した車を海外に販売している自動車メーカーは、利益が増加しています。トヨタの株価や各社メーカーの株価も円安になると上昇しやすいという関係は、こんな仕組みなのです。
一方、円安のデメリットは、海外から商品を輸入する企業や海外旅行者にとって顕著です。原油や小麦粉などの輸入コストが増加します。このような輸入コストは最終的に消費者が負担することになります。
例えば、2011年11月は1ドル=75円でしたが、2024年4月には1ドル=160円となっています。単純計算でも、輸入コストは2倍以上に跳ね上がったことになります。過去10年で、海外の物価は大きく上昇しており、円安という要因も重なって、輸入コストはうなぎ昇りです。食料品、電気料金、配送費の値上げが話題となっていますが、円安の影響が極めて大きいのです。
円高のメリット・デメリットは円安とは逆です。円高になると、輸入業者や海外旅行者にとって費用がお得になり、日本円で資産を持つ人は海外製品が割安に感じます。
円高は日本製品を海外に販売する企業にとってデメリットとなります。
過去10年間で、日本の経済構造に大きな変化がありました。
2007年から2012年にかけて、ドル円相場は120円台から75円台まで大幅に円高が進みました。この急激な円高は、日本の輸出企業に大きな打撃を与えました。特に、トヨタや日産など代表的な自動車メーカーなど、日本の主要な輸出産業は深刻な影響を受け、不景気ムードが漂うようになったのです。物価が下がっていく「デフレ」の状態が続くことになります。
そんな状況の中、打ち出されたのが、2012年からスタートした前日銀総裁の黒田氏による「大規模金融緩和」、通称、アベノミクスです。このアベノミクスによって、円安誘導され、日本から製品を輸出する企業は利益が回復しました。
しかし、製造拠点をすでに海外に移している企業が多いこと、「製品を作って売る」という経済構造が大幅に変わったことなどで、円安のメリットが以前ほど大きくはありません。
現在、ドル円相場は34年ぶりの円安水準となっています。1990年以来、ドル円レートが160円台になるのは今回が初めてです。2024年1月から4月にかけては、ドル円相場が13.65%上昇しており、1月の始値である141円から4月の最高値160円まで、1900Pipsもの大きな変動がありました。
日本銀行は、3月の金融政策決定会合で「マイナス金利の解除」を決定し、異次元の大規模緩和を終了しました。これは17年ぶりの実質上の利上げとなりましたが、円高に振れると考えられていたにもかかわらず、利上げ幅が小さかったことが影響してか、むしろ円安に振れる結果となりました。
円安が急激に進行する中、3月中旬ごろから財務大臣や財務官が円安けん制発言を相次いで行っていました。「ファンダメンタルに沿わない投機的な動きを容認しない」など、円安を抑制するための発言が目立ちました。
2022年にも実施された為替介入が、2024年4月29日と5月2日早朝に再び実施されました。4月29日に160.20円の高値を付けたドル円レートは、為替介入によって154円台に下落しました。その後、5月2日に反発して上昇する動きを見せましたが、2回目の為替介入が行われたことで、156円台から153円台への下落となりました。
このように、日本銀行によるマイナス金利の解除や、財務省・日本銀行による為替介入など、円安に歯止めをかけるための政策が実施されていますが、一時的な歯止めとはなったものの、時間稼ぎにしかならないと考えられます。
なぜなら、根本的なファンダメンタルが変化していないからです。どんなファンダメンタルが円安を引き起こしているのか、次の章で見ていきましょう。
円安の主な要因は、以下の2つです。
円安の要因は、「日本と米国の政策金利の差」が主な要因となっています。簡単に言うと、政策金利が高い通貨には資金が集まりやすくなり、政策金利が低い通貨は売られやすくなります。日本は低金利政策がずっと続いており、2024年3月まではマイナス0.1%、2024年3月にマイナス金利政策が解除されて0.10%となりました。一方、米国の政策金利は5.25%~5.5%と高い水準にあります。
日本は経済低迷していたため、マイナス金利政策を継続することによって、経済を活性化しようとしています。2022年からの物価上昇などを考慮し、2024年3月にマイナス金利を解除し、実質17年ぶりとなる利上げを実施しました。対照的に、米国はコロナ後の急速なインフレ(物価上昇)を抑えようと、政策金利を段階的に引き上げ、2024年5月現在では5.25%~5.5%と設定されています。
円安は日米金利差が開くにつれて、どんどん進行していることが確認できます。
米ドルの方が利回りがいいため、「ドル買い円売り=円安」が進むことになります。つまり、「米国が利下げするか、日本が利上げ」をして、日米金利差が縮小すれば、理論的には円安が止まり円高基調に転換すると考えられます。
米国の政策金利はG7の中でトップクラスにあり、基軸通貨である米ドルの政策金利が高いことが影響して、過去数年でドル高が急速に進行しています。この傾向は、ドル円相場だけでなく、主要ドルストレート通貨ペアでも確認することができます。
ドルインデックスチャートを見ると、2021年5月から2022年9月(下記表1)、2023年7月から2023年10月まで(下記表2)、2023年12月から2024年4月(下記表3)の合計3回の上昇トレンドが確認できます。
円安チャートと比較すると、ドルインデックスに上昇トレンドが発生しているタイミングで円安も急激に進行しています。
米国経済は非常に好調で、欧州がインフレに苦しみ景気後退寸前になっている一方で、米国もインフレが急速に進んだものの、過去2年間は好調な雇用統計や経済指標が続いています。
さらに、「有事の米ドル」も機能しています。米国が関与しないという条件で、地政学リスクが高まれば、米ドルが買われやすくなる傾向があります。2022年3月に始まったウクライナ紛争や2023年10月に勃発したガザ紛争などがその例として挙げられます。
G7の中でトップクラスの金利、好調な経済状況、有事のドル買いという3つの要因が重なっているため、過去2年間は非常に強い米ドルとなっています。これらの要因が円安を加速させていると考えられます。
ドル円相場の今後の展望を考えるためには、ファンダメンタルとテクニカル分析を総合的に考える必要があります。
2024年1月には、市場は2024年度内に4回程度の利下げを予想していましたが、その後の米消費者物価指数や雇用統計が市場予想を上回ったことなどから、利下げ観測が後退しています。
パウエルFRB議長は2024年3月時点で年3回の利下げ予想を維持していますが、市場関係者は2024年5月時点では「年内に1回、多くて2回」と予想しており、11月以前の利下げ完全織り込み度は100%を割っています。一部の識者の中には、2024年内の米利下げは難しいのではないかと予想する人もいます。
日銀は2024年3月にマイナス金利解除に踏み切りましたが、植田日銀総裁は非常にハト派で、これまでの記者会見で「どんどん利上げをするということはない」とコメントしています。利上げ方向には向かうと考えられますが、慎重姿勢を維持すると予想され、日本の利上げはほとんど期待できません。
円安基調が円高基調に転換するには、米国の利下げが不可欠です。
日米金利差が縮小するタイミングもしくは兆候が出始めた時点で円高基調になると予想されます。米経済指標が明らかに弱まり、インフレが2%台になったら利下げ観測が高まりますが、それまでは円安基調が実質上継続すると考えられます。
ドル円の週足チャートを分析をしましょう。
現在の上昇トレンドが始まった2020年3月8日の安値(101.18円)を基点とし、2022年10月16日(2022年1回目の為替介入日)の高値、2023年1月15日の安値を結び、フィボナッチエクスパンションを描画すると、61.8%に該当するのは158.58円、100%に該当するのは178円、161.8%に該当するのは209.30円となります。
チャートを見ると、61.8%の158.58円を上抜けて、すぐに2024年の為替介入1回目が実施され、61.8%が意識されています。週足単位で包み足が出現し、一目均衡表の転換線で反発しています。
前回の為替介入の後は、151.90円から127.22円へと約2400Pips下落しているため、今回も急激な円安の歯止めの役割を果たすと考えられます。週足の終値が61.8%に該当する158.58円を上回れば、160.20円の直近高値をトライする可能性があるため警戒が必要で、158.58円は1つの重要なポイントとなります。
円高が進むとすれば、52週移動平均線(1年間の移動平均)が推移する148円~149円台に下落する可能性があり、148円台より下には一目均衡表の厚い雲が控えるため、反発しやすいと考えられます。
ドル円の日足チャートを分析をしてみましょう。
2023年12月28日の安値と4月29日の高値を結び、フィボナッチリトレースメントを描画すると、チャートには28日移動平均線、52日移動平均線を描画できます。52日移動平均線で反発し、フィボナッチリトレースメントの23.6%に上昇しています。38.2%で実体が反発していることから、このフィボナッチリトレースメントは機能していると言えます。
23.6%に該当するのは155.55円で、一目均衡表の基準線が重なっている価格帯でもあります。
156円を日足の終値で上抜けすれば、円安基調が加速する可能性があるでしょう。米イエレン財務長官が介入けん制をしたことで、3回目の為替介入は難しいと予想されます。円安基調がずっと継続した場合、2024年5月末には161.43円、100%に該当する164.30円が目標ラインとなります。
156円を上抜けるタイミングに注目です。